【新型コロナ感染者、今年末には、2億2000万人以上と予想】

いろいろな施設や商店などが再開され、あたかも、ウイルス状況のなにかが緩和したかの錯覚を起こさせるが、科学的事実は以前「拡大」し続けている。
毎日、山中伸弥教授のサイトを見ていると、それがわかる。

●コロナウイルス arXiv*(15)2020 年 6月11日 黑木登志夫
このペースで拡大が続けば、6 ヶ月後の 2020 年末には、感染者数は現 在の約 25=32 倍、即ち 2 億 2 千万人を超えることになる。

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山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信
黒木登志夫先生は私が尊敬する癌研究者であり、サイエンスライターでもあります。岐阜大の学長も務められました。新型コロナウイルスに関する情報を、様々な角度から解説されています。



【詩】「少女(おとめ)」(『源氏物語21』)

「少女(おとめ)」(『源氏物語21』)


おとめ子も袖さびぬらしあまつ袖ふるき世の友よはひ経ぬれば

じかんのなかには何がある?

かがみのなかには何がある?

よるのなかには、よあけのなかには

きみは鏡に問い続け

問うことだけが勉強と

さらに

問いのなかにも問いを求める

そうしてひとは年老いて

かなし

Détruire, dit-elle.

これが原題。

「破壊しに、と彼女はいう」

それは訳者の日本語。



『ラストタンゴ・イン・パリ 』──ゴダールにもトリュフォーにもなれなかった(★★)

『ラストタンゴ・イン・パリ』(ベルナルド・ベルトルッチ監督、1972年、原題『LAST TANGO IN PARIS/ULTIMO TANGO A PARIGI』)

 昔テレビかなにかで見た記憶があるが、ちゃんと見たのかどうかはわからない。ラストシーンだけはなんとなく記憶にあった。それでも、もしかして自分のテーマ?かと思ったので、DVDを購入した。「オリジナル無修正版」。どこが? とかはよくわからねど、マリア・シュナイダーのヘアは、丸出し、アップあり、だからこのあたりか。ほかのレビュアーも書かれているように、シュナイダーのヘアが黒々と多毛である、だいたい、ヨーロッパ人っていうのは、こんなんではないかと思う。脇毛も剃るシュミがなかったし。あと、バターを肛門に塗っての強制アナルセックス? シュナイダーは幼女のように泣いているが、そこがまたエロチックでもある。見るべき点はその程度。
 フランス女優マリア・シュナイダーは、同じ頃、ジャック・ニコルスンを相手に、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の『さすらいの二人』に、まさに似たような役どころで出ているが、こちらの方が化粧もしておらず、演技も自然で俄然いい。相手役の中年男(といっても、ニコルスンの方が、マーロン・ブランドより10歳くらい若いのではないかと思うから、『ラスト・タンゴ・イン・パリ』の47歳だかの禿げデブより、36歳ぐらいの、贅肉のついてないニコルスンの方がよほどいいし、演技的に見ても、ちょっとオーバーなブランド演技より、そよ風のように自然なニコルスンの演技の方が、はるかに質が高い。
 重要な設定は全部台詞で説明されているし、ときどき、ストーリーからはみ出したようなダイアローグを挿入しているのは、ゴダールの真似のような感じで、トリュフォーの子役だった、ジャン・ピエール・レオを出したのも、新鮮味がない。というわけで、このイタリア人が、なんで、こんな性交だけが呼び物の映画を、パリで、わざわざ作ったのか? フランスにおいては、ゴダールにもトリュフォーにもなれず、イタリアには、フェリーニがいるし。
 本作がダメなところは、監督自身の思想がよくわからないところである。全部、ファッション、って感じ。だいたい、題名が『ラスト・タンゴ・イン・パリ』なので、二人でタンゴでも踊ってみせるのかと思いきや、ダンスコンクール会場に紛れ込んで、逃げる、追う、をやっているだけ。その会場で、「さあ、ラストのタンゴとなりました」って司会者が言う、そのシーンに、二人のめちゃくちゃな「踊り」が挿入されているだけ。アル・パチーノのように、きちんとしたタンゴで決めてください。ブランドってのは、演技の基礎を勉強してないね。三流俳優。カメラワークはそれなり芸術「的」だったと思います。なにより、オープニングのタイトルバックは、フランシス・ベーコンの顔がゆがんだ、男女の絵を並べて載せていることで、芸術志向を示しているんでしょうが、あまりに回答出しすぎ(笑)。

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【昔のレビューをもう一度】『万引き家族』──確信犯的

『万引き家族』( 是枝裕和監督、2018年、英題『SHOPLIFTERS)

 本作は、是枝作品としては決して最上の作とはいえず、かつ、カンヌ映画祭で、柳楽優弥に14歳で最年少主演男優賞をもたらした、『誰も知らない』の、自己模倣作品と言える。テーマ的には一歩も進んでおらず、『誰も知らない』が発表された2004年には、この種のテーマはまだ衝撃的であったが、2018年6月現在、本作の5歳の少女りん=じゅり、の行く末が、現実の虐待事件の被害者の5歳の少女の「日記」「もうゆるして」と重なり、ついに、現実の方が映画を超えてしまった。そんな現実を、こうした14年前と変わらない問題意識で、カンヌ映画祭の2018年の審査委員長(の好みが審査を大きく左右する)ケイト・ブランシェットをはじめ、レア・セドゥなどの「お嬢さま」女優たちが、北朝鮮の風俗を覗くがごとく、バッチイ家にぐだぐだ犯罪を犯しながら暮らす、疑似家族の生態を見たなら、なんらかの衝撃は受けるだろう。以前、カンヌ映画祭で、パルムドール(最高賞)をとったとかいう、カンボジアの映画を観たことがあるが、そのあまりのひどさに辟易したことがあった。来世信仰と、川やジャングルがゆらゆら揺れているだけの映画であったと記憶する。
 フランスの大衆紙『フィガロ』が、日本政府は是枝の受賞を無視している、てな記事を載せたが、ノーベル文学賞を取った、イギリス人のkazuo Ishiguroも同様の日本人としてカウントしているのが、なんだかな〜(笑)であった。あわてたかどうか、文化庁だかが祝賀会を開いてやると言ったのを、是枝は、「公権力とは距離を取る」と拒否。しかし、「カンヌ映画祭」もフランスの「国家権力」が支援しているお祭りなんですけどね(笑)。
 さて、本作であるが、まー、役者は魅せますね。70代から80代の老婆なら、何十種類も描き分けることのできる樹木希林の、「今度の老婆は?」という興味もあるし、毎度観ていて安心する演技力である。彼女が是枝を支えているといってもいいくらいだ。彼女の是枝作品ですきなのは、『歩いても歩いても』(2007年)である。樹木希林と原田良雄の夫婦は、なにごともなかったかのように過ごしてきたが、希林はただの老婆ではなく、夫の過去の過ちに固執していた色香の片鱗が作品全体を覆うオトナな作品であった。岡田准一が父の仇を捜す浪人になって長屋に住み、長屋の人々と交流する時代劇『花よりもなほ』(2006年)もほのぼのとしたものと皮肉が効いていて将来性を感じさせるものだった。子ども中心の希望を描いた『奇跡』(2011年)すがすがしくユニークだった。それがある時期から、通俗に引きずられ、「受け」を狙うようになった感がある。『三度目の殺人』はその最たるものであった。
 先にも書いたように、本作は名優を揃え、テーマ的にもイケると思ったのだろうが、現実が先を超してしまった。さて、どうする?


『博士の異常な愛情 』──キューブリックとセラーズ、二人の天才

『博士の異常な愛情 』( スタンリー・キューブリック監督、1964年、原題『DR. STRANGELOVE: OR HOW I LEARNED TO STOP WORRYING AND LOVE THE BOMB』

 キューブリックはまさに「巨匠」の名にふさわしい監督であり、『2001年宇宙の旅』など歴史に残る傑作なのに、アカデミー賞は「視覚効果賞」しか取ってない。ほかにも、今なら当然アカデミー、作品賞、監督賞にあたる作品群がありながら、たいして賞には恵まれていない。本作で、アメリカ大統領と狂気の博士を演じるピーター・セラーズも、アカデミー賞に値する名優でありながら、ついにアカデミー賞は取れずに死んだ。そんな二人が組んで描く近未来は、すでに近未来ではない。本作は、1964年作であるが、この時代の近未来とは、2001年あたりなのではないかと思うが、その時代をとうに通り越してしまった。これは、『2001年宇宙の旅』でも言える。しかし、以前として、これらの作品群は、「近未来映画」として存在する。古典とはこのようなものを言うのであろう。
 右手が「ナチ化」して、「ハイル・ヒットラー」を、「勝手にやってしまいたがり」、それを左手で押さえつけようと四苦八苦する車椅子の「博士」。なんの博士なのか? 水爆の博士なのか、生き残りの研究をする学者なのか?
 狂った司令官によって、水爆の発射命令が出され、ついに発射されてしまったアメリカで、それを知った大統領以下の人々が、ソ連に知らせようと躍起になり……幸い収拾と思いきや、水爆を積んだ戦闘機の一機が中止命令から逃れ、ソ連へ向かい、水爆を落とし、世界は終わる──。そんなストーリーである。それを、「メタ」っぽく描く。つまり、お芝居性をわざと強調している。それにより皮肉がさらに生きる。何度も見られるように、かなり前に購入したDVDをいつもそばに置いている。

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